単身赴任終わり
平成16年春から始まった単身赴任は7年の歳月とその間に3回の転勤と引越しを行い平成23年春に・・・一応、終了しました。
この7年間に、私の生活環境は大きく変化しました。
3人の子供達は、大学に進学し、内2人が卒業し社会人となりました。
義父、義母、父を1年ごとに続けて見送りました。
義父、義母は、70歳前半で鬼籍に入りました。まだまだ、元気だと思っていた義母は、義父を追うように唐突に倒れ亡くなり人生の儚さを思い知らされました。
転勤内示
福井での単身赴任も担当する業務の継続性から3年目を覚悟して生活をしていたところ、あの東日本大震災の発生と時を同じくした転勤の話・・・
それは希望していた自宅通勤ができる勤務地ではありませんでした。
2年越しの大きな仕事も、要約ゴールが見え、後1年、細かな調整を行なえば申し分のない成果が上がろうとしていた事も有り、このまま転勤したのでは、「担当プロジェクトを投げ出す形になり何とも納得出来ない。」旨の申し出をしました。
「転勤は決定事項。担当プロジェクトは、チーム内からリーダーを選び齟齬がないように・・・」と、最後通告を受けてしまいました。
転勤内示変更
赴任まで2週間程度しかなく引越しの準備をはじめました。
引越し繁盛期でしたが、クロネコさんの単身赴任パックが予約出来ました。
借りていたマンション、光熱関係、インターネット等の手続きを進め、ほぼ完了し、来週末には、いよいよ福井から新天地へという時期に突然の異動保留・・・
ここまで準備していたのに、なんじゃこりゃ!と激怒する私、結局、すったもんだした後(くわしく書けません。)、異動はさらに1週間遅れて、赴任先が決まりました。
赴任先は、自宅から通勤できる場所となりました。(ひょっとしたらラッキー???次の転勤が怖いような気がする・・・)
それからが大変で、手続きの変更、特に、クロネコさんには、引越し日、配送先の変更と繁盛期に関わらず丁寧に対応していただき感謝しています。
自宅に持って帰れないガスコンロ、エアコン、照明、家具を業者を呼んで処分しましたが、幸い、無料引取りとなりました。
まだ、定年までに4年の歳月を残しており捨てるに捨てれない単身赴任セットを何とか、かんとか自宅の客室と駐車場に押し込み引越しを完了しました。
掘り込むだけ掘り込んだ引越し荷物ですが、流石に7年の単身赴任は長く、荷物は3倍ほどに増え、収まりが付きません。
妻からは「思い切って処分できる物は、処分してください。」と顔を見て言われました。
不要なものとは・・・ひょっとして・・・俺のこと?何とも意味深な言葉・・・。
自宅にあった私の宝物?バイク、JBLのスピーカー、電気部品、服などを処分し、さらに、実家で一人暮らししている母親に頼み、収納場所を確保しました。
これで何とか、私の居場所を確保することが出来ました。
マイホームにガタが発生しており日曜の度に、素人大工をしています。
家族と一緒に居れることは大変な幸せです!このまま、定年まで・・・このままで、・・・
追記:平成27年3月吉日、無事定年退職しました。